ハズレ便

老人病研究所

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「ハズレ便」

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 はずれ便に乗った。福岡から東京まで約1時間30分。このはずれ便とは最近全日空が打ちだした新手のサービス?である。はずれがあれば当たりもある。当たり便とは1万円が返ってくる、というものである。ただし確率は50分の1。これで乗客が増えるとでも全日空は本当に思っているのであろうか。しかもこの企画キャンペーンとしてのテレビコマーシャルが実にリアルである。元気に青空に向けて飛んでいくのが当たり便、「心なしか元気が無いみたいだな」と中居正広に言わせて、ゆっくりと低空飛行をしているのがはずれ便である。おまけにカラスが馬鹿にしたように一緒に飛んでいるのである。
 この当たりかはずれかが搭乗前に分かる。「はずれ」と聞かされ飛行機に乗る事になる。すると急にコマーシャルの映像が浮かんできた。ヨタヨタしながら飛んでいる自分の乗った飛行機がイメージされてくる。運が悪いと重なるものといわれている。つい先日(5月25日)225人乗りの中華航空が台湾海峡沖に墜落したニュースが思い出された。機長は大丈夫だろうか。副操縦士かも知れない。いやにエンジンの音が軋んで聞こえる。整備は完璧だろうか、テロ集団が乗り合わせていないだろうか。
 これまで博多-東京間は何時も飛行機を利用していたのであるが、今まで意識に上らなかった考えなくてもよかった事が不安として大きくよぎって来た。飛行機を利用する人の中にはリストラされた中年もいるであろう、不測の交通事故にあった人もいるであろう。危篤の親の見舞に駆けつける人もいよう、失恋の悲しみの若者もいるかもしれない。これらのアンハッピーな人達にとって、乗り合わせた飛行機が「はずれ便でした」とわざわざ知らされる状況が作り出されるシステムはいかがなものだろうか。ヨタヨタ飛ぶはずれ便のイメージの向こうに墜落の文字が見えてくる。恐らく9割の乗客は「そんなこと気にしないよ」というであろう。しかし、1割の人の中には知らされないほうが良かったと思う人がいる。「ささいな不運」でも一旦飛んでしまった機内では、この押し付けられた不運から逃れる自由がない。「運」に敏感になっている人がいる事を航空という命を運ぶ仕事を行っている者はもう少しデリケートになっても良いのではないだろうか。東京につくまでの1時間30分がこれほど苦痛に感じたのは私ばかりでは無いであろう。
 ところで乗客の持ち物チェックの厳しさに比べ、自分が乗る飛行機のパイロットについて搭乗前にほとんど情報が与えられないことに気がついた。副操縦士が運転する飛行機がある事は皆知っている。情報開示がさけばれて久しい。自分が乗る飛行機のパイロットがどんな人物なのか搭乗前に知っておきたいものだが。命を託すパイロットの顔写真、飛行経験など一目で分かる一覧表などをカウンターなどに掲げて見てはどうだろうか。何も1万円を少ない確率で返すよりも、しっかりと情報開示をする事こそが「空の信頼関係」を繋ぐ基本的なサービスになるのではないだろうか。
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*後日談:この全日空のはずれ便のコマーシャルは6月上旬に打ち切られた。