ホリエモンからの手紙

老人病研究所

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「ホリエモンからの手紙」

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 最近800億円と聞くと、例のホリエモンの顔がちらつく。「お金で買えないものは無い」とずばり言ってのけた。そこまで言っておいて、ニッポン放送およびフジテレビの買収騒動を巻き起こしたのだからどこかエールを送りたくなる。その手法については賛同しかねる所が多いが、誰も気が付かなかったルールの狭間を突いた作戦は小気味がいい。久しぶりに経済世界のドラマを楽しまさせてもらった。眼の付け所の鋭さという点では医学を研究する者も見習う所があると思う。あたりまえと思っている所に大きな盲点がある時がある。
 では600億円では何が浮かぶだろうか。青色発光ダイオードの発明者中村教授が特許権で会社に要求した報酬額である。この青色発光ダイオードは携帯電話の着信やデジカメの部品にも用いられ、その機能向上に寄与している。ノーベル賞級の発明である。裁判所は8億4000万円で和解をさせる判定を下した。高いのか安いのか。部門は違っていても研究者というジャンヌに属する私にとっては複雑な心境である。当の中村教授は、「100%私の負け」と憤懣やるかたない。「日本企業は独創的な仕事に対する評価をしない。」と思いをぶちあげた。会社側とその発明者での報奨金に関する値段はいったいどれくらいなのだろうか。特許による売上高と研究投資費から割り出せればおおよそ見当が付くといわれている。
 さて、医学研究の世界でもようやく特許に対する関心が高まってきた。日本医科大学でも遅まきではあるが知的財産・ベンチャー育成(TLO)センタ
ーを設置し、その面のノウハウの助言をしてくれている。多くの特許をとって研究費を稼ぐ研究者が大学にも増えてもらいたい。大学も発明に関する研究者への保護はしっかり有ってしかるべきである。
 一方ポストゲノムの時代は医療においても国際的な競争の緊張関係も必要であろう。遺伝子診断、再生医療、移植医療と創薬、高額医療が続々と医療の現場に入ってくる時代となった。患者もより質の高いものを求めてくる。それに応じての医療サービスは常識の時代となってきた。難しいのは患者を守るのと贅沢を許すのは違うということだ。この微妙な所は大学では教えてくれないが重要なポイントと思っている。
 確かにホリエモンは日本のメディアと経済界の目を覚まさせる新風を吹き込んでくれた。少々荒っぽい感は残るが反面教師的役割をしてくれたのではなかろうか。その点日本の医療システムはまだまだ経済界以上に保護政策である。国民皆保険制度はその寄り所となる最大基盤であるが、危機が言われて久しい。ここにホリエモン的外国資本や混合医療が押し寄せてくる場合も現実味を帯びてきた感じがある。いわゆる規制緩和という名の両刃の剣である。これには医療者も患者側もまだ免疫が出来ていないのではなかろうか。日本人の医療や健康が外国資本のくさがり場となっては大変である。
 そういう意味で今、未病という「健康と病気の間を科学する学会」を作り、「自分の健康は自分で守る」という啓蒙をかねた活動を行っている。「未病を悪化させないようにするのはエチケットである」と説いて回っている。少子高齢時代、国民一人一人が自分の健康に責任を持ち、自力で健康を管理する努力をしなければ国民皆保険制度の維持は難しい。この学会も今年で11年になり会員も増えてきた。そして高橋秀実教授には今年1月特別講演をお願いし、好評を博した。私も鼻が高かった。11年間貧乏学会の常任理事を続けてきたがあながち的ははずれてはなかったようである。 
 さて、少々肥満体でストレスが多いホリエモンが病気になる頃は一体どのような医療が医療者に要求されてくるであろうか。今度の一連の騒動は、そんな彼ら世代とどっぷり4つに組んで医療を行なわなければならない時代が、確実に近づいてきた事を暗示させてくれた贈り物ではなかろうか。